バルト三国の旅 その2 ラトビア

KokusaiTourist2009-10-17

(by KEIKO OHMURA)
 
カウナスからラトヴィアの首都、リーガへ向かいバスを走らす。290kmの距離の途中に十字架の丘と呼ばれるリトアニア北部、シャウレイの北12kmに位置する巡礼地に寄る。その発祥は分かっていないが、初めてここに十字架が建てられたのは1831年のロシアに対する11月蜂起の後であると考えられている。数世紀を経て、十字架だけでなくイエスの受難像やリトアニアの英雄の彫刻、聖母マリア像、肖像画、ロザリオなどもカトリックの巡礼者によって置かれるようになった。十字架の正確な数は分かっていないが、約50,000であろうと推測されている。
あいにくの雨で風が強く非常に寒かった。移動中にトイレ休憩するところが本当にないのに驚く、ソ連に占領されていた時代はリトアニア人が長距離移動する際のバスの中には必ずKGBが後ろに座って監視していて、トイレなど行けない状況にあったとガイドが説明をする。またリトアニア人は1日に数回しかトイレにいかないらしい・・!?ひたすら我慢をさせたれたという・・
国境は通過点というだけで何のチェックもない、EUに統合されてからは月に1,2回抜き打ちの検査があるだけらしい。リーガの町が近づいてくるとそれまでひたすら畑という景色から賑やかさが出てくる。ダウガヴァ川の流れがひときわ目を引く。リーガは「バルト海の真珠」と讃えられる美しい港町で、その旧市街地はユネスコ世界文化遺産に登録されている。しかし世界的な金融危機でラトヴィアでは金融破綻をしている影響か、ホテルでは外貨の両替をやめているらしい。
翌日は市内観光へ。旧市街「リ−ガ歴史地区」はアールヌーボー調の建築の宝庫として著名である。
これだけの建築物が並ぶ町は他に類を見ないと思われる、残っていたとしても数件であったりそれぞれが離れていて地区としては保存されていないであろう。建築にも流行があり、見ていてとても楽しい。学校として利用されていたり、アパートとして利用されているらしいがびっくりするほど高い家賃でとても普通の人々は暮らせない。大使館などが利用することが多いという。
人口約80万人のリーガ市はラトビア国内はもとより、バルト三国最大の都市でもある。日本の神戸市とは姉妹都市で、記念に時計が贈られていてバスの車窓から見ることができた。風光明媚な港と神戸港は、相通じる部分が多い。旧市街は「ドイツよりもドイツらしい」と言われるような中世ドイツらしさが残るのは、ドイツ人によって都市の基礎が形作られたという歴史ゆえであろう。中世ドイツの商業都市の特徴が多く見られ、とりわけハンザ同盟時代の街並みがよく残されている。世界遺産に登録されたのも、ロマネスク、ゴシック、バロックなどの建築様式が混在する、歴史的学術的価値の高さによる。ソ連支配の時代、旧市街の開発は不活発であり、これが街並み保存に寄与したとみることもできる。3カ国の旧市街の中で一番見応えがあるはずである。
午後は「バルトのベルサイユ」と称されるルンダーレ宮殿へ向かう。
(続く)