再生可能エネの投資促進へ 子や孫に「緑の贈与」を

電力労働運動近畿センターから日経新聞掲載の記事のメールをいただきましたので転載します。
植田和弘 京都大学教授 
松尾雄介 地球環境戦略研究機関主任研究員

<ポイント>
○高齢者からの贈与と相続は年30兆円規模に
○再生エネ投資への資金還流に大きな可能性
○緑の贈与は国富の海外流出を減らす効果も

 2012年7月から再生可能エネルギー(再エネ)の固定価格買い取り制度が始まり、再エネの普及は大幅に前進した。技術進歩に伴う発電コスト低下で今後、買い取り価格は下がると考えられるが、ここで更なる民間投資を誘発する「緑の贈与制度」を提案したい。緑の贈与制度は、親から子、孫への贈与(相続)マネーを再エネ分野に導き投資を誘発する方策である。一定の買い取り価格水準を前提にすれば、年間数千億〜数兆円規模の追加投資が期待できる。
 
緑の贈与は、端的にいえば「子や孫に対して資産継承する際、現金ではなく、風力、地熱、太陽光、バイオマス、小水力などの再エネを対象とした投資証券や、太陽光パネルなどの設備を贈る」というものである。
 例えば、ある祖父母が孫の小学校入学を機に、息子家族に200万円贈与する。この際、祖父母は現金でなく200万円で風力、地熱、太陽光などへの投資証券(または太陽光パネル現物)を購入し、それを息子へ贈与する。再エネ証券や太陽光パネルを受け取った息子には、証券の償還金や太陽光による売電収入が年間十数万円、約10年以上にわたって入ることとなる。償還金や売電収入を孫の学資保険に積み立てて、孫の学費を賄うケースも考えられよう。

 このような贈与であれば、祖父母側は有意義な資産継承と環境への貢献を両立でき、子や孫の側は現金の分割贈与と同じ利益が得られる。また、太陽光発電は15年で元が取れると説明されるが、金銭的に余裕のある高齢者は元を取るのに10年以上かかる買い物には消極的だ。逆に長期的視野で買い物をすべき現役世代は百万円単位の支出をする余裕はないことが多い。緑の贈与は、資金面で世代間の橋渡しをし、同時に家計の金融資産を、再エネを通じて実体経済へ導くという側面ももつ。

 家庭への太陽光パネル設置は、マンション住まいなどで不可能なケースも多いが、再エネ投資証券を活用すればこの問題も解決できる。現時点では個人向けの再エネ投資商品は、地域ファンドなど小規模なものにとどまるが、上場投資信託ETF)を活用した再エネ投資の制度検討も進んでおり、遠からず再エネ投資が個人レベルで容易に実施できるようになる見通しだ。

 本提案の可能性検討のため、贈与マネー(生前贈与)のフローと、主役となる高齢者層の金融資産保有状況やその処分に関する特性を見てみよう。
 まず贈与では、統計上の課税対象分(1人当たり年間110万円以上)だけで年間約1.6兆円の規模がある。実際には多くの贈与が課税対象額以下で行われていると考えられ、相続における課税、非課税対象の比率を参考にすれば、贈与の総額は年間約4兆円規模に上ると考えられる。

 同様に相続(死後の資産移転)は年間27兆円と推定され、贈与と相続全体では年間30兆円規模になる。総務省などの統計によると高齢者世帯数は2000万を超え、うち約800万世帯が2000万円以上の純金融資産を有する。さらに収入が支出を上回る(すなわち貯蓄を取り崩さずに済む)世帯も約600万世帯に上る。
·  贈与や支出に関する意識調査では、全体の約7割が贈与(相続)をしたいと答えているほか、今後お金を使いたい使途として「孫への支出」が第3位(33%)に入っている。また、高齢者は社会や環境への貢献意欲が非常に高いこともよく知られている。
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一方、贈与の受け手となる現役世代の状況を見れば、30歳代の平均は住宅ローンなどの負債が資産よりも多く差し引き約250万円の純債務を抱える。40歳代の平均純資産額も約250万円で、百万円単位の投資を行う余裕はない状況である。
 このように、緑の贈与は巨額の資金フローを対象とし、大きな可能性があるとともに、主役となる高齢者の特性に合致する。
 
筆者らは、緑の贈与について全国の高齢者約1000人にアンケートを行った。その結果、回答者の約2割が、緑の贈与を実際にしてみたいという意向を持ち、その平均金額は約430万円相当であった。これは、国内の全高齢者に当てはめれば約16兆円規模の緑の贈与マーケットの存在を示唆している。回答者の約5割は「どちらともいえない」としたが、その理由として「イメージが湧きにくい」などが挙げられており、緑の贈与のコンセプトをきちんと伝えることで更に大きなマーケットとなる可能性がある。

 この緑の贈与の制度化には、コンセプト認知のための大規模PRと、贈与税優遇(控除)が必要であろう。現状、高齢者が思い浮かべる贈与の選択肢は、現預金、株、不動産にほぼ限られており、太陽光パネルや再エネ証券は認知されていない。まずは広く緑の贈与を認知してもらう必要がある。
 贈与税控除については、先のアンケートでは税控除により緑の贈与の実施額が約40%増えるという結果が得られた。シビアな購買行動を取ることが多い高齢者の積極的な参加を担保するには、税控除などのインセンティブ(誘因)が不可欠であろう。先般、与党は30歳以下の子や孫への教育資金贈与に対する非課税措置を打ち出したが、緑の贈与に対しても同様の措置が望まれる。

 本提案の費用対効果はどうか。大規模PRのコストと贈与税控除による税収減少が費用となり、再エネ増加を通じた発電容量増加、雇用創出、実体経済の活性化が効果として挙げられよう。筆者らは、700万円を上限とする贈与税控除により15年間で400万世帯が平均400万円の緑の贈与をすることを想定し、費用対効果を推計した。

 費用については、政府の施策の大規模PRの事例として「クールビズ」を参照すると約30億円がかかる。また、税控除による減収額は、既存の700万円以下の贈与のうち2割が控除対象となると仮定すれば、年間約36億円となる。よって、15年間の総費用は600億円規模(年間約40億円)と考えられる。
 効果については簡易経済モデルを用いた推計を行った。その結果、合計約1000万キロワットの発電容量増加(出力ベース、原発約10基分)、175万人の雇用創出、1.3兆円(年1500億円)規模の燃料輸入削減が見込まれる。

 また、緑の贈与マネーが「国産」を志向することも特筆に値する。アンケートによれば、緑の贈与の際に国産の太陽光パネルを購入したいと回答した人は約95%に上り、また価格より品質などを重視する傾向も強いことが示された。高齢者は国産志向が強いとされるが、自ら築いた資産を子や孫に引き継ぐ場面では、その傾向が特に顕著であることがうかがえる。このような志向を持つ15兆円規模の資金が実体経済へと投入される効果は大きいだろう。

 最後に、緑の贈与と固定価格買い取り制度とを結び付けることで、我々が支払う電気代の意味が、単なる国富の海外流出から、日本の将来世代への投資へと大きく変化する可能性について触れたい。
 現在我々が払っている電気代の多くは、化石燃料の輸入代金として海外へ流出している。いわゆる国富の流出問題である。しかし、緑の贈与が定着すれば、我々の電気代は国内の再エネや関連産業へと還流するメカニズムが生まれる。すなわち、国民一人ひとりが日本のエネルギーシステムのいわば株主となり、その配当金を受け取るのは将来世代となるのである。
 うえた・かずひろ 大阪大工学博士、京大博士(経済学)。専門は環境経済学
 まつお・ゆうすけ スウェーデン・ルンド大学環境政策修士