アンコールワット

KokusaiTourist2009-08-07

カンボジア紀行 そのⅣ最終回(A.TANIOKA)
2009年4月10日(金)〜4月14日(火)

これまで…
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http://d.hatena.ne.jp/KokusaiTourist/20090713カンボジア紀行 そのⅢ

4日目
 ゆっくりめの朝食をとり、オールドマーケットに。地元の人々の市場であるが、観光客向けの小さな土産屋がたくさんある。マーケット内の食品売り場では見慣れない野菜や、肉の塊が並んでいて異様な臭いも漂っている。また、この近辺にはおしゃれなカフェやレストランもあり、若者や観光客で賑わっていた。
 ホテルに戻り土産物をスーツケースに押込み、チェックアウト。
コテージ風の日本料理「モイモイカフェ」で昼食。心地よい風が通るテーブルに日本料理のイメージとは程遠いメニューが登場。かぼちゃのコロッケと漬物風のピクルスがある以外はこれは何料理?というものであった。
 食後、車で約30分トレンサップ湖に到着。急な桟橋を下っていくと船着場があり、籐で編んだ椅子をくくりつけた屋根つきの小さなボートに乗り込む。今は、乾季のため3分の1の大きさだが、3000平方キロもあり水路から湖にでるだけでも30分以上はかかる。湖内には、水上家屋や商店、養殖場やブタ小屋まであり、学校は、海外援助により建てられバスケットコートまである。
 そんな景色に眼を凝らしていると、小さく粗末なモータボートに乗った親子がスピードを上げて私たちのボートにいつの間にか近づいていた。5歳くらいの男の子が軽がると私たちのボートに飛び乗り、飲み物の入ったバスケットを持って売りに来たのだ。カンボジアのたくましさを感じた一場面である。
 湖の売店兼休憩場所では、小海老の塩茹でがもてなされ、トレンサップ湖に生息する魚の展示や急な階段を昇った2階からは湖を眺める展望場所がある。トレンサップ湖をあとに市内へ戻る道中、ガイドのニャンさんの家があるというのでカンボジアの人々の生活風景を見たくてお邪魔することになった。

 4世帯ほどで住んでいるといったので、小さな家に足の踏み場もないような家なのかと想像していたら、広い敷地内に鉄筋の家屋が3棟あり、裏庭には、ワニの養殖場、日本の高級車まで停まっていた。なんと、彼はお金持ちのお坊ちゃまだったのだ。お母さんがお正月のお料理や神様への供物を作られていて、突然の訪問者に笑顔で迎えてくれた。カンボジアは一律に貧しい国と思っていたが、貧富の差は歴然としてあった。
 市内に戻り、やはりカンボジアの歴史で触れない訳にはいかないポル・ポト派の残虐の象徴である「キリングフィールド」を訪れた。慰霊塔の中には虐殺された人々の人骨が無造作に納められていて、思想の違いなどでいとも容易く人をいたぶり殺すとは同じ人間がすることとは思えない。この何年かのためにカンボジアの人々は苦しめられ、貧困の発展途上国となってしまったのだ。アンコールのような素晴らしい文化を持った人々が。
 
今日は、カンボジアの大晦日にあたり、お正月の買出しに出掛けた人々がバイクにたくさんの荷物を積んで走っていたり、市場はごった返していた。また、夕暮れ時の広場には、移動式遊園地やたくさんの屋台が並び、ゴザを引いて家族や友達と宴会を楽しんでいて、日本のお花見の風景に似ている。また、その脇を神輿のようなものを担いだ子供たちが練り歩いていた。
 カンボジア最後の夕食は、「パームツリー」で今回の旅の思い出話に花が咲いた。食後、出国までに時間があるため最後のお買い物「ナイトマーケット」へ繰り出した。ワールドマーケットと違い食料品が少ないため洗練された市場で商品も価格も大変求めやすい。こちらのマーケットの方がお土産を買うにはオススメです。クリスマスのようなカンボジアの年越しのイルミネーションで飾られた街を通りながら、空港へ。
 一生懸命なガイドと丁寧なドライブの運転手さんのおかげで楽しい旅となった。飽食で便利な生活を送る日本人は、少しの暗い話題ですぐにネガティブになりがちだ。世界から援助を受けながらもまだまだ発展途上で不便な生活の国だが、辛い状況から立ち上がってきたカンボジア人の陽気で前向きな気質は教えられるものがある。
 同じ時を生きながら、国が違うために不幸な体験をしなければならなかった人々を知ることで、自分の今の状況に感謝しつつ生活していかなければと感じた旅だった