広島、岩国、下関、門司、小倉の旅

KokusaiTourist2009-12-03

世界遺産と秋の味覚にふれながら〜 その1

11/21(土)晴れのち曇り

 東京から新幹線で平和都市として世界に知られる広島へ。
広島駅に到着後、広島電鉄(路面電車)に乗って平和記念公園へ。

まず、「人類初の原子爆弾で壊滅した爆心地周辺の地域を核兵器のない世界への祈りと世界恒久平和の祈り」を込めた平和記念公園世界遺産原爆ドーム原爆の子の像広島平和記念資料館原爆死没者慰霊碑、平和の鐘などを見学しました。
 第二次世界大戦の末期、広島の上空に現れた米軍機エノラ・ゲイが高度約9600mから原子爆弾を投下し、“一瞬”の閃光で町全体が焼け野原となり、平和に生活していた人々が黒く焼け焦げて死亡したり、皮膚が焼けただれたり、苦しみ悶えてそして数日から数ヶ月間で原爆症により息絶えて行くさまが示されています。

 特にがれきの中でお弁当箱を抱えるようにして亡くなっていた折免滋君(当時13歳)のお弁当箱を見ると、原爆の犠牲の大きさを知り、平和とは何か?を一言では言い表せられないほど、深く考えさせられました。また、この原爆の悲惨な過ちをこの地球上で、二度と起こしてはいけないと強く思いました。

 原爆ドームの強烈な印象を脳裏に残しながら、古代より「神の島」として信仰の対象である“安芸の宮島”、世界遺産厳島神社”の美しい宮島へ。広島電鉄で宮島口に到着後、先ずは昼ごはんを食べることに。“広島の名物”と言えば、アナゴや牡蠣、お好み焼きなどがありますが、私は今が旬の牡蠣のコース料理(焼き牡蠣、牡蠣シュウマイ、牡蠣フライ、牡蠣味噌汁)を選び、新鮮な秋の味覚を堪能しました。
 昼食後、JR連絡船で宮島へ。最初に迎えてくれたのはかわいい「神の使い」として大切にされている「鹿」でした。しかし、この鹿たちは食べ歩きの観光客を見ると首を長くしてほしがるのですが、餌を与えないでくださいと看板に書いてあります。
 いよいよ世界遺産である厳島神社に。厳島神社(海に向かって立つ大鳥居と寝殿造りの社殿は美しく、創建593年とも伝えられる歴史があるそうです)に近づくにつれて、その美しさと神秘さに表現できないくらいの感動を覚えました。更にその美しさをもっと近くで眺めたいと思い、小舟に乗りました。小舟が徐々に近づくと神の島のシンボルである“赤い大鳥居”が竜宮城の入口の様に海面に広がり、華麗さと神聖さに包みこまれた荘厳な神社は本当に息を呑むほど綺麗で趣深いものでした
 じっくり見ると大鳥居の海側の額には「厳嶋神社」、社殿側には万葉文字で「神をいつき祀る島」を表す「伊都岐島神社」と書かれています。また、大鳥居の笠木には西側に月、東側に太陽がはめ込まれています。太陽には鬼門を封じる力があるとされるようです。ちなみに御笠浜に立ち並ぶ燈籠にも千畳閣の軒丸瓦にも同じく西側に月、東側に太陽が印されていました。
 さらに、本社拝殿まで朱塗りの柱が優美な雰囲気を醸し出す東回廊からは社殿と大鳥居を一度に望む事が出来ました。厳島神社を参拝した後、広島の名物である‘もみじ饅頭’を食べながら「吉川氏六万石の城下町として栄えた情緒あふれる街並み」の岩国に向かうことにしました。
 夜、岩国に着いて、先ずホテルのチェックインを済ませ、錦帯橋岩国駅を結ぶ路線(電車型レトロ調)バス「いちすけ号」で日本三名橋の一つとして知られるライトアップされた錦帯橋へ。
 この錦帯橋は、たび重なる川の氾濫に悩まされていた岩国三代藩主吉川広嘉が中国から伝わった「西湖遊覧誌」に記されていた橋をヒントに、石組みの橋脚と組み木を応用したアーチ橋を組み合わせた橋を考案し、1673年に完成したといわれています。

 真っ暗な中にライトアップされた「錦帯橋」が幻想的で優雅な姿を現しており、渡りながら闇の中の錦川の清流のせせらぎを感じとりました。見学の後、本場広島風お好み焼きで夕食をし、楽しい初日は終わりました。



(宋 敏 SONG MING)