内部留保を労働者と社会に還元し、内需の拡大を! その5

 労働問題総合研究所は11月18日、「経済危機打開のための緊急提言」を発表しました。数回に分けて転載致します。



『経済危機打開のための緊急提言』
内部留保を労働者と社会に還元し、内需の拡大を!

(2) 内部留保を労働者と社会に還元した場合の経済効果
 我々の試算では、1998年度〜2008年度の間に積み上がった内部留保を労働者と社会に還元すれば、トータルとして、
国内需要が264.8兆円拡大し、それによって
国内生産が424.7兆円、付加価値(≒GDP)が231.3兆円誘発され、それに伴って、
国税地方税合わせて41.1兆円の増収となる。
 つまり、この間、目先の利益を追って内部留保の拡大に走るのではなく、表5のような内容で利益を労働者・社会に適正に配分していれば、これだけの経済効果が発生し、現在のような不況には陥らなかったと思われる(表6)


 なお、ここでは、総務省公表の「平成17年(2005年)産業連関表」(34部門表)、および、経済産業省作成の「平成18年延長産業連関表」(当研究所が家計消費分析用に組み替えた45部門表)を利用した産業連関分析を行っている。各項目の試算内容等については、別記「【参考】試算の具体的内容」を参照されたい。
 産業連関分析・・・ある製品に対する需要増は、まず、その製品を生産している企業の生産を拡大するが、それだけにとどまるのではない。例えば、自動車に対する需要増は、まず、自動車産業の生産を拡大するが、次の段階では、その生産に必要な原材料やサービスの購入を通じて、様々な企業の生産を拡大する(自動車の生産→タイヤの生産→合成ゴムの生産→エチレンの生産→ナフサの生産→原油の輸入といった具合である)。
 産業連関分析は、ある需要(例えば、収入増に伴う消費需要)の増加が、究極的に見て、国内のどの産業の生産を、どれだけ拡大するかを計測するものである。
 なお、生産活動によって生み出された新たな価値(付加価値)は、雇用者所得や企業所得、税金などに配分されて最終需要に転化し、その最終需要がまた生産活動を誘発し、さらに新たな価値を生み出すという 2次、3次・・・の生産誘発が続くことになるが、本分析では、そのうち、雇用者所得への配分が家計消費需要を拡大し、再び生産を誘発する、「雇用者所得の増加を通じた2次的生産誘発」のみを計算し、1次効果に加えた

最低賃金引き上げの経済効果
 最低賃金を「時給1000円」に引き上げることによって、国内需要が5.8兆円拡大し、それによって、
国内生産が13.4兆円、付加価値(≒GDP)が7.3兆円誘発される。それに伴い、
国税および地方税が、合わせて1.3兆円の増収となる。(表6)
 労働総研と全労連、首都圏の労働組合が行った「首都圏最低生計費試算報告」によれば、必要な最低生計費は年間280万円である。最低賃金を時給1000円に引き上げても、現在それを下回っている労働者の賃金が、一般労働者で年間249万円、パート労働者の場合は、年間114万円になるだけであり、一般労働者でも自分一人のギリギリの生活が保障されるだけである。パートの場合には、「最低の生計費」に遠く及ばない。(表7)


 最低賃金引き上げの対象となる労働者は、総務省「家計調査」の「年間収入十分位階級別
1世帯当たり1か月間の収入と支出」で最も低い「第1分位」(年収250万円以下)に該当する。
 この階層では、可処分所得の89.9%が消費されるので、同じ1万円の賃上げでも、他の階層より内需拡大効果が大きい。(ちなみに、
年収900万円以上の第X分位は、64.9%である。)
 また、産業連関分析により、
最低賃金引き上げに伴う消費増が、どのような商品・サービスの生産を多く誘発するか調べてみると、
娯楽、理美容等の「対個人サービス」、「食料・飲料・たばこ」、「運輸・通信」、紙や繊維製品等の「軽工業品」など、中小企業が多い分野の商品・サービスを誘発する。したがって、最低賃金の引き上げは、中小企業の経営に良い影響を及ぼすと考えられる。(表8)


*働くルール確立の経済効果
 働くルールの確立(サービス残業根絶、有給休暇の完全取得および週休2日制の完全実施)によって、
266.5万人の新規雇用が必要になる。その雇用増によって、
家計消費需要が13.4兆円拡大し、
国内生産が21.8兆円、付加価値(≒GDP)が11.1兆円誘発され、
税金が、国・地方合わせて2.0兆円の増収となる。そのために
必要な資金は、12.9兆円である。
 非正規の正規化では、派遣53.4万人、有期契約310万人を正規化するために、7.7兆円の資金が必要である。その賃上げ効果によって、
国内需要が8.7兆円拡大し、
国内生産が14.3兆円、付加価値(≒GDP)が7.0兆円誘発され、税金が、国・地方合わせて1.24兆円の増収となる。

*税・寄付など社会還元の経済効果
 まず、消費税を引き上げる一方で、
1989年の40%から2008年の30%まで引き下げられた法人税国税分)を元に戻し、加えて、
NGOやNPO、学術研究機関等に対する寄付を非課税として、企業に欧米並みの社会貢献を促すことを求めたい。
 ここでは、NGO等の活動は政府の活動に似ていると仮定し、全体を、2005年産業連関表の政府消費と公共投資の比率である79.3%対20.7%に分けて、それぞれの生産誘発効果を計測した。その結果、
国内需要が32.2兆円拡大し、国内生産が55.5兆円、付加価値(≒GDP)が29.4兆円誘発され、
国税地方税合わせて5.2兆円の増収となることが分かった。
 ただし、この計算には、法人税引き上げによる直接的な増収が含まれていない。2009年度補正予算法人税は10.54兆円だから、
現行の法人税30%を40%に引き上げたとすると、3.5兆円の増収となり、税の増収額は、合計8.7兆円になる。
*生産設備および環境投資の経済効果
 設備投資は、1単位の需要によって誘発される国内生産額が、国内最終需要の中で最も大きい。したがって、本格的な景気回復には欠かせない需要項目であるが、生産設備に対する投資は、将来の需要拡大が見込まれない限り行われない。これに対して、技術革新や環境のための投資は、いつ行っても良い投資である。これらの投資が行われれば、国内需要が拡大し、国内生産を誘発するから、自立的な景気回復の大きな力になる。そして、次の段階では、生産の拡大を伴う新たな設備投資も必要になるはずである。
 今回の試算から投資の生産誘発力を観測すると、
内部留保増分の30%である65.6兆円の投資によって、2次的な消費需要を加えて
93.5兆円の国内需要が発生し、国内生産が149.4兆円
付加価値(≒GDP)が79.2兆円誘発され、国税地方税合わせて14.1兆円の増収となる。
*全労働者の賃上げ等の経済効果
 まず、内部留保の急増が始まった1998年度から2008年度までの10年間に低下した「現金給与総額」を、元の水準に戻さなければならない。その額は、
従業員5人以上の事業所、一般・パート合計でみて、1998年が36万6481円、2008年は33万1330円だから、月、1人あたり3万5151円になる。
5524万人の雇用者全員では、ボーナスを年間5ヶ月分として、33.0兆円/年が必要になる。その実施によって
国内需要が35.0兆円拡大し、国内生産は53.7兆円
付加価値(≒GDP)は30.7兆円誘発され、国・地方税合わせて5.5兆円の増収となる。
 以上に必要な資金は147兆円であり、全てを実行しても、1998〜2008年度に積み上がった内部留保の増加分が、まだ71.7兆円も残っている
もし、それを、全労働者の賃上げや労働時間短縮、長期休暇制度、社会保障費の使用者負担率引き上げ等、欧米先進国並を目指す積極的な労働条件改善に使用するなら、国内需要が、さらに76.1兆円拡大し。国内生産が116.6兆円、付加価値(≒GDP)が66.6兆円誘発され、国税地方税合わせて11.8兆円の増収となる
 なお、「税・寄付などによる社会還元」以降の生産誘発効果は、総務庁「平成17年(2005年)産業連関表」(34部門表)から数学的処理によって導き出された、「生産誘発係数」(ある需要が1単位増加したとき、各産業の国内生産額はどれだけ誘発されるかを表す係数により、計算している。