韓国人の心のなかに

KokusaiTourist2009-12-11


生きた日本人   韓国併合100年」に向けて…


浅川巧のルーツを訪ねてその1
 わが国で浅川巧と言っても、知っているのは陶磁器や民俗学関係者のみだろう。ところが韓国では異なる。
浅川巧は、兄・伯教と共に朝鮮磁器を日本に広め、その系譜は河井寛次郎、柳宋悦へと繋がる。自らは林業を通して韓国の禿げ山の緑の復元に取り組むと共に、朝鮮磁器、朝鮮芸術に心酔し、身なりすべてを朝鮮人として生き抜いた。
 
今もソウルの林業試験場の中庭中央に碑文と共に、巧が植樹した松が見事に保存されている。又、広大なソウル墓地公園に、何万の韓国人の土葬がある中で外国人でたった一人埋葬されている。その碑文には「韓国の土と民芸を愛し、韓国人の心のなかに生きた日本人、ここ韓国の土となる」とハングルで刻まれている。そして観光スポットの景福宮の隣の国立民俗博物館も浅川兄弟の尽力で建設された。当時憎悪の対象だった日本人の中で、唯一敬愛されていたことが偲ばれる。

 加害、被害が強調される「韓国併合100年」で、日韓両国の文化文明の架け橋となった日本人の存在が歴史の事実としてある。(富田 秀信)
同文は、本日11日付けしんぶん赤旗の『声』欄に掲載されました。