内部留保を労働者と社会に還元し、内需の拡大を! その3

再録
 労働問題総合研究所は11月18日、「経済危機打開のための緊急提言」を発表しました。数回に分けて転載致します。

『経済危機打開のための緊急提言』
内部留保を労働者と社会に還元し、内需の拡大を!

1 日本経済の急激な落ち込みと内部留保
 今回の大不況以後、今までに最も落ち込みが大きかった2009年1〜3月期について、各国の実質成長率(前年同期比)を比較すると、日本は▲12.4%で、ドイツと並んで、落ち込みの大きさが際立っている。さらに、OECD経済協力開発機構)の2009年実質経済成長率見通しによると、日本は▲5.6%で、先進7ヵ国中最も低い。

 なぜ、日本経済の落ち込みがこれほどまでに大きいのか。私たちは、その原因は、大きくいって3つあると考えている。
 第1は
1996年の橋本内閣による「日本版ビッグ・バン」(金融の市場開放)に始まり、2001〜2005年の小泉内閣で頂点に達した「市場原理主義」的な経済政策の下で、政治・経済の両面においてアメリカの影響力が強まり、日本の金融機関や大企業がアメリカのヘッジファンドや銀行と連携し、国内外で積極的に投機活動に乗り出すようになったアメリ金融危機が日本にとりわけひどい激震をもたらすようになったのは当然であった。
 第2は
第1とも関係するが、日本経済の体質が、アメリカを中心とした外需依存型の構造になっていることである。日本の直接的な対米輸出比率は、2000年の29.7%から2008年には17.5%まで低下しているが、ASEANや中国に進出した現地企業も対米輸出比率が高く、それらの関連産業の生産も加えると、日本の対米依存度は、むしろ上昇している。そのため、米国発世界同時不況の直撃に加えて、進出先の国々からの“副震”を大きく受けることになったのである。
 第3は
日本企業が、異常な内部留保の増大に示される、近視眼的な経営を行ってきたことである。経済は、生産活動によって新たに付加された価値が、賃金、株主配当、税金などに配分され、それが家計消費、政府消費、設備投資などの国内需要に転化して、再び国内生産を誘発することにより、循環していく。
ところが、1998年から2008年の間に、企業の内部留保として218.7兆円も溜め込まれ、それが、国内需要に十分転化されていないのである。その結果、わが国経済は、大幅な需要不足が慢性化し、成長できないどころか、正常な循環すら困難になっている(2008年の国内総支出は507.6兆円であり、この間の内部留保増加額は、実にその41.4%に相当する)。他の先進資本主義国と比較してより深刻な日本の不況は、このような日本企業の行動が自ら招いたものということが出来る。
 最近の大企業経営者は、コップの中(自社の経営)だけを見て、それがおかれた状態(経済全体)を見ている人が少ない。一方、大企業の労働組合は、企業の率先した派遣労働者切りに目をつむり、リストラがあっても賃下げになってもたたかおうとしない。そればかりか、「労働者派遣法」の改正に企業と一緒になって反対している労組もある。このような状況の下で、とりわけ雇用者への価値の再配分(付加価値全体の53.9%を占める)が十分に行われず、内需の鍵である家計消費需要の拡大(国内最終需要全体の54.7%を占める)が出来ていないのである。

2 98年度以降、急膨張した内部留保
 私たちは、内部留保を、直ちに「悪い」と言っているのではない。企業経営上、また、経済社会の安定のために資本準備金や貸倒引当金などは当然必要であるし、企業が安定的経営や拡大再生産のために積立金を確保しようとするのも十分理解できる。しかし、1998年度以降積み上がった218.7兆円は、賃金の切り下げや非正規労働者の解雇など労働者の犠牲と、下請単価切り下げなどによる中小企業への犠牲転嫁の上に、国内需要に転化することなく積みあがったものであり、到底正当化できるものではない。
 今回、我々は、このような内部留保の急速な蓄積がいつごろから始まったのかを調べ、もし“適正な内部留保の水準”があるとしたら、過去の経験からどのくらいと言えるか、また、もし、この間、大企業が、利益を適切に労働者や社会に還元・配分していたら、何が可能だったのかを分析してみた。
 内部留保が急増したのは1998年度以降であり、奇しくも「労働者派遣法」が改悪された時期と一致する(図1)。
それ以前も、内部留保の増加率は、売上高より高かったが、従業員給与も上昇していた。しかし、1998年度以降は、売上高も従業員給与も低下する中で、内部留保のみが急増しているのであり、到底、妥当な経営の姿とは言えない。
 それでは、“妥当な内部留保”とは何だろうか。もし、内部留保に“妥当な水準”があるとしたら、それは、どのくらいだろうか。財務省「法人企業統計」から計算した、企業の売上高に対する内部留保の水準をメルク・マールとして探ってみた。
 「法人企業統計」によると、売上高に対する内部留保の水準は、1970年頃の高度経済成長期には5%前後であったが、日本経済の不安定化に伴って徐々に上昇し、第2次石油危機から円高へと続いた1980〜86年度には、平均10.1%になった。その後のバブル景気(1987〜90年度)の時期は13.1%、バブル後の長期不況“失われた10年”(1991〜2001年度)の時期は、平均16.1%であった。それが、いざなみ景気(正式名称は未定。2002〜2007年)の時期に、23.7%に急上昇したのである。(表3)

 年次別に見ると、内部留保が急増したのは1999年度以降である。その後、2008年度までの10年間に、209.9兆円から428.6兆円へ、218.7兆円増と、2倍以上に膨張した。売上高に対する水準も、15.2%から28.4%へ、13.2ポイントも上昇している。
 内部留保を種類別に見ると、この間の増加額が大きかったのは、「繰越利益剰余金」、「積立金」、「資本準備金」および「その他資本剰余金」の順であり、“狭義の内部留保”が全体の68.0%を占める。(表4)

 長期不況期に、“倒産や経営危機に備えるため”といって、内部留保をため込んだ大企業は、その後、バブル期を上回る収益を上げてもそれをやめようとせず、逆に、さらに労働者や下請中小企業に犠牲転嫁を強いて、内部留保を拡大してきたのである。
 本分析では、かなり甘いかも知れないが、急増前の水準である1998年度の対売上高比、15.2%、209.92 兆円を内部留保の“妥当な範囲”と仮定し、それを基準に以下の分析を進めることにした。