初めての海外一人添乗 中国平和ツアー その1

000000000000000000000宋敏(SONG MING)
10月15日〜17日,2泊3日の中国(北京・南京・上海)に行ってきました。
 今回のテーマは大阪の医療機関の「中国平和ツアー」なので、文字通り“観光”ではなく“学習”が中心のツアーです。
初めて1人の海外添乗なので、ちょっと不安でしたが、母国である中国でもあり、言葉の問題はないことから、一安心です。
一日目の朝、やや緊張気味で早めに目が覚め、関空の集合時間は7時30分でしたが、早めの6時25分には集合場所に到着。そして、出発の電子掲示板や中国国際航空(以下、CA)カウンターに行き、確認事項を済ませ、集合場所でお客様を待ちました。
 集合時間7:30になっても、まだ3名が来られず心配しましたが、7:45分頃になってやっと全員集合。初めに、自己紹介、挨拶、連絡事項などをした後、CAチェックインカウンターにご案内しました。
 しかし、チェックインの際、第一のハプニングが。外国籍のお客様が再入国の許可を申請していなかったことが判明しました。再入国の申請をしなければなりません。初めての添乗を心配して見送りに来ていた大村先輩に頼んで、自分はみなさんを案内、出国手続きして搭乗ゲ−トに入り、先輩からの連絡を待つことにしました。暫くすると、再入国の許可はもらえたと先輩から連絡がありました。「あーよかった!」、1つ目のハプニングは無事解決。
 CA162便で定刻通り(9時30分)関空を出発し、北京には11時50分に到着しました。しかし、北京の入国手続きカウンターにはすごい人で、通関するまではかなり時間がかかってしまい、市内まで観光ができるかどうかはちょっと心配でした。なぜなら、今回は北京で国内線(17:00出発)南京へ乗り継ぐため、短時間の観光なのです。つまり、また北京空港に戻る必要がありました。
 通関の出口には、北京のガイド(孫さん)が迎えに来ていました。孫さんと歩きながら、簡単な打ち合わせし、北京市内へ向かうことにしましたが、ドライバーが「今日はすごく渋滞して、走らないと分からないが、観光はできないかもしれない」と言われました。仕方ないですねと色々相談していると、突然、お客様が前に来られて、「財布を盗まれた」と。第二のハプニングです。中身はビザカードや免許、現金など入れているようで、「えっ!」とびっくりしましたが、冷静に対応するのか大事だと思い、とりあえず日本のビザカード会社に連絡して下さい、そしてガイドさんには警察に届けてくださいとお願いしました。内心、中国では無くなった物はなかなか見つからないと思っていましたが、「万が一お金がなくなっても財布が見つかるかもしれない」と信じて届けると、なんと北京空港内の警察に落とした財布が届いていたのです。しかも中身は現金などもそのまま残っていて、車内は一瞬明るくなり、自分もほっとしました。でも残念ながら、渋滞の為、下車観光はできず、お客様に謝りつつ、車窓観光しながら北京空港へ。
 北京空港で南京への乗り継ぎ手続きをしている間に、孫さんがお客様を連れて警察に財布を取りに行きました。なんとか定刻ギリギリに搭乗口に着きましたが、なんと国内線南京行きのフライトは1時間も遅れていました。
 南京ではガイド(王建清さん)が到着口で迎えてくれました。結局、南京に着くのも1時間遅くなり、予約しているレストランも閉店時間となっていましたが幸運なことに私たちを待ってくれ、南京料理(ワイ楊料理で南京ダックなど)を堪能できました。夕食後、ホテルチェックインして、忙しい1日が無事終わりました!
 10/16(土)は、今回の中心である“平和学習”の日です。朝食後、先ず向かったのは「侵華日軍南京大虐殺記念館」です。
 南京大虐殺記念館とは1937年7月7日、日本軍国主義は盧溝橋事変を起こし、全面的な中国侵略の戦争を発動した後に、同年8月13日、日本軍は上海を攻撃し、上海を南京攻略の第一歩としました。11月12日、日本軍は上海を占領し、その後、兵を三つのルートに分けて南京へ向かい、12月13日、日本軍は南京を占領したあと、公然と国際公法に違反して、武器を手放した兵士と身に寸鉄も帯びない平民たちを大量虐殺しました。その期間は六週間にもわたり、犠牲者総数は30万人以上にも達し、その期間に、南京の三分の一の建物が破壊され、市内で起こった強姦輪姦などの暴行は二万件以上にのぼり、数多くの国家財産と個人財産が略奪され、文化の古都は空前の災禍に見舞われ、南京城は人間地獄と化していました。この世のものとも思われない悲惨なこの歴史事件は、日本軍が中国侵略期間中行った数え切れない暴行の中でも、もっとも際立った代表的な一例であり、この大惨禍は永遠に人類の文明史上に記されるであり、ここに展示されている写真、資料、映像と実物はすべてゆるがぬ歴史的証拠である。」と記されていました。
 
南京大虐殺記念館は無料で、オープンする前にすでにたくさんの中国地方から来た人や学生たちが並んで大変混んでいました。私たちのツアーは事前に予約しているため、先に入れました。まず、記念館の朱成山館長と証言者(当時の生き証人?)の話を伺ってから、館内見学をしました。朱館長から南京大虐殺歴史事件や館内の紹介などについて詳しく説明していただきました。中国人でありながら、知らない歴史がたくさんあり、大変勉強になりました。
 次に、楊翠英証言者の話も聞きました。楊さんは当時13歳でした。目の前で日本軍に自分の家族を殺されたり、飢えをしのぐ為、草を食べたりなど当時の話を聞きながら、「戦争って本当に残酷だなぁ」と改めて痛感しました。その後、館内見学を約1時間しました。館内には中国語と日本語の表記がありましたので、通訳しなくても自由に見学することができたと思いますが、館内は広過ぎて十分に見ることができなかったという声もありました。