労働運動・年功賃金・福祉国家─フランス瞥見

労働総研HPより赤堀 正成
 フランスの労働運動は組織率が8%程度にもかかわらず強いという印象がある。日本の労働運動に照らして考える癖のある私はかねてそう思っていたし、いまでもある程度はそう思っている。しかし、フランス人の労働問題研究者にきくと、低い組織率と頻繁な街頭行動の対照は「フレンチ・パラドックス」とも言うべきで、それを運動が強いと捉えれば過大評価であろうとのことである。実際、低い組織率、官公労中心、民間労組の企業中心的性格、ナショナルセンターの権限の弱さ、ボス支配と官僚制を指摘して、フランスの労働運動はむしろアメリカのそれと似ているとする研究もある(D. Andolfatto et D. Labbe, Toujours moins! : Declin du syndicalisme a la francaise, Paris, Gallimard, 2009)。
 また、日本の特殊性として悪名高い年功序列賃金などフランスにはあるわけがないと私はあやうく信じかけていたが、これがフランスにもあるようだ。そこでCGT活動家に、では年功序列賃金と同一労働同一賃金が反すると思わないか、と尋ねると「そういうことはきいたことがない」と驚かれた。日本ではそういう考えがあると伝えると「なるほど経営側からはあるかも知れないが……」と瞬間ちょっと気まずい空気が流れた。この点について、ILOの組合役員と話した際に言われたことは、ILO職員は職務評価もなく賃金は年々上がっていく、日本の公務員と同じですよ、と。そこで意を強くして職務給を専門にしているILO研究者に「日本の公務員、大学教員などは査定なし年功賃金という点でILOと同じです」と言うと笑顔で「それはとってもいいこと」という返事が返ってきて、こちらが驚かされた。
 さらに、年功賃金なんかがあるから日本は福祉国家を作れないのだとさんざんきかされてきたような気がするが、元CFDT活動家の経歴を持つ政治学者P. ロザンヴァロンによれば、フランス福祉国家を支えてきたものは「年功序列の賃金システム」le system de remuneration al'ancienneteということになる(『連帯の新たなる哲学』勁草書房)。ロザンヴァロンはそれが崩れてきていることを指摘しているが、上のフランス人研究者は、新自由主義を推し進めるサルコジ大統領の時代になって年功序列賃金が官民を問わずに標的にされ壊されてきている、と話していた。
 晩年に運動に積極的にかかわった社会学者P. ブルデューはフランスにおいて新自由主義に立つ「保守革命家」たちは組合活動家や古参労働者を解雇し、その「要求あるいは反逆を『特権』の古臭く時代遅れの防衛として糾弾する巧妙な手を使うだろう」と批判している(『市場独裁主義批判』藤原書店)。先頃友人らと『新自由主義批判の再構築』(法律文化社)という本を出したが、「巧妙な手」はフランスばかりでなく、日本でもありふれた常套手段になっているという思いを深くする。
あかほり まさしげ・会員・労働科学研究所