「原発ゼロ社会」は選択の問題ではない。不可避の現実である

9・11学術会議報告書の衝撃 そのⅡ

日経ビジネスonline 2012.10.12より 

<4> いま、政府や財界の方々に求められているのは、この厳しい現実を直視し、「日本では地層処分はできない」という問題に対する解決策を、「長期貯蔵」という政策的選択も含め、真剣に検討し、真摯に国民に対して示すことなのです。
 現在の状況は、「原発というコストの安い電力がなければ、日本の経済がおかしくなる」といった「必要性論」や「エネルギー危機論」だけでは、もはや国民の誰も納得しない状況になっているのです。そのことを、深く理解されるべきでしょう。

現在の科学では証明できない「十万年の安全」
この学術会議の「日本で地層処分をするべきではない」という判断について、専門家として、田坂さんは、どう考えられるのでしょうか?
田坂:専門家として申し上げますが、残念ながら、学術会議の指摘は、正鵠を射ていると言わざるをえません。
 なぜなら、高レベル放射性廃棄物は数万年の期間、使用済み核燃料は十万年の期間、人間環境から安全に隔離しなければならないわけですが、日本において、安全に地層処分を実施するためには、少なくとも二つのことが保証されていなければならないからです。
 一つは、地層処分を行う地層が、数万年から十万年以上安定であることを証明することであり、もう一つは、この地層の岩盤中での地下水の流速が極めて遅いことを証明することです。

その証明は、現代の科学では、難しいのでしょうか?
田坂:実は、これも残念ながら、現在の科学のレベルでは、この二つの点を証明することは、極めて難しいのが現実です。
 例えば、10月1日にNHKクローズアップ現代の「高レベル放射性廃棄物地層処分」に関する特集で、その証明の難しさを示す二つの事例が紹介されました。
 一つは、2000年10月に起きた鳥取県西部での震度6強地震の事例ですが、従来、活断層が無いと考えられていたこの地域において地震が発生したのです。これは、従来の「活断層の無いところを選べば、地震は起こらず、地層は安定している」という考えを覆すものでした。
 もう一つは、2011年4月に起きた福島県いわき市での震度6弱地震の事例ですが、この地震によって地下水の変動が起き、住宅街の真中で毎秒4リットルにも及ぶ大量の地下水が湧き出てきて、一年半経っても出水が止まらない状況が生まれました。これも、将来の地震によって、地下水の挙動の大規模な変化が起こる可能性を示すものでした。
 このように、現在の科学では、地震の発生や地下水の挙動を十分に予測することはできず、今回、学術会議が指摘した「現在の科学では、十万年の間に、何が起こるか予測はできないため、その安全を証明することはできない」ということは、認めざるを得ない現実なのです。

<5>「原発ゼロ社会」は、不可避の現実なるほど、それで学術会議は、「日本で地層処分をするべきではない」と提言したわけですね。
では、もう一度伺いますが、その結果、我々は、どのような問題に直面するのでしょうか?
田坂:端的に申し上げれば、「原発に依存できない社会」がやってくるのです。
 これまで、「脱原発依存」という言葉は、「原発に依存しない社会」をめざす、という意味に使われてきましたが、実は、我々の目の前にあるのは、「原発に依存しない社会をめざすか否か」という「政策的な選択」の問題ではないのです。
 それは、「原発に依存できない社会がやってくる」という「不可避の現実」なのです。
 すなわち、この高レベル放射性廃棄物と使用済み核燃料の最終処分の問題に解決策を見出さないかぎり、「原発ゼロ社会」は、選択するか否かではなく、否応なく到来することになるのです。
 実は、「コストの安い原発は捨てるべきではない」「日本経済に原発は不可欠だ」と主張する方々の議論は、「今後も、原発に依存した社会が可能である」という「幻想」に立脚した議論になってしまっているのです。

「長期貯蔵」を密やかに準備する諸外国
では、この難しい問題、高レベル放射性廃棄物と使用済み核燃料の最終処分の問題について、諸外国の政策は、どうなっているのでしょうか?
田坂:米国、イギリス、フランス、ドイツ、カナダを始めとして、どの国も、公式には「地層処分」をするということを掲げています。しかし、各国の政策を詳しく見てみると、実は、「地層処分」が長期にわたり実行できなくなったときのために、どの国も、数十年から百年程度の「長期貯蔵」を可能とする政策が、目立たないように採り入れられています。
 すなわち、諸外国も、公式には「地層処分」を掲げつつも、その実施が困難になることを想定して、バックアップの政策を策定しています。それが、「長期貯蔵」という政策オプションであり、この政策への切り替えを密やかに準備しているのが現実です。

<6>その意味では、日本も、「地層処分はできない」ということを前提に、「長期貯蔵」や「暫定保管」という政策論を、真剣に、そして具体的に検討すべき状況になったということですね?
田坂:その通りです。従って、この学術会議の報告を受け、政府は、「長期貯蔵」や「暫定保管」の方式について、「総量規制」の問題と併せて、真剣に検討を開始すべきでしょう。
 ただし、我が国が、この「長期貯蔵」の政策に向かったとしても、まだ、大きな問題が待ち受けています。

何でしょうか?
田坂:たとえ「最終処分」ではなく「長期貯蔵」であったとしても、我が国のどの地域が、その施設を受け入れてくれるか、という問題です。
 しかし、この問題を論じると、さらに難しい議論になるので、それはまた、次の機会に譲りたいと思います。

著者プロフィール
田坂 広志(たさか・ひろし)
多摩大学大学院教授。
1974年東京大学工学部原子力工学科卒業、1981年同大学院修了。工学博士。1981年から90年にかけ、民間企業にて青森県六ヶ所村核燃料サイクル施設の安全審査プロジェクトに従事し、米国のパシフィックノースウエスト国立研究所で高レベル放射性廃棄物の最終処分プロジェクトに参画する。3月11日の福島原発事故に伴い、内閣官房参与に任命され、原発事故への対策、原子力行政の改革、原子力政策の転換に取り組む。著書多数。近著に『官邸から見た原発事故の真実』