カジノ解禁、日本で大丈夫? 推進派は「観光客増で景気や雇用にプラス」

毎日新聞 2014年05月14日 東京夕刊から
 この国が大きなバクチを打とうとしている。これまで禁止されていたカジノ賭博の合法化をうたう法案が、今月中にも国会で審議入りするのだ。推進派からは「カジノをつくれば景気も雇用も改善する」と、それこそ景気の良い声だけが聞こえるが、ホントにそうか。実は日本がお手本とする諸外国で、相次いで深刻な問題が明らかになりつつあるというのだが−−。
 ◇お手本の国々ではギャンブル依存者や犯罪増え、周辺地域減収も
 この法案、刑法(賭博罪)が禁じるカジノを国が認めた特区に限り、開設・運営できるようにするものだ。正式名は「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」。ホテルやショッピングモール、劇場などが付属する統合施設(インテグレーテッド・リゾート)とすることから、頭文字を取ってIR推進法案と呼ばれる。
 -中略-
超党派のIR議連で、幹事長を務める岩屋毅衆院議員(自民党)は「人口五百数十万のシンガポールが日本より観光客が多いんです。これからの日本は高齢化が進み、生産人口も減るから観光産業の活性化が欠かせません。そのための仕掛けの一つがカジノ。日本は北から南まで観光資源が豊かで、シンガポール以上に成功する可能性を秘めている」と力強い。
 既に国内では約20の自治体や商工会議所などが、誘致に名乗りをあげている。
 ところが、である。
 「日本では報じられていませんが、シンガポールで最近、カジノが原因とみられる問題が顕在化してきたのです」と話すのは静岡大の鳥畑与一教授(国際金融論)だ。
 教授によると、シンガポール政府が公表した国民の自己破産申請件数が、10年の約2200件から12年は約3000件と悪化。政府が3年に1回実施する「ギャンブル調査」の最新調査報告(11年実施分)では、ギャンブル依存者はカジノがなかった08年の1・2%から、11年には1・4%に増えていた。
 -中略-12年7月の段階でギャンブル依存者などとしてシンガポール当局がカジノ入場を制限した対象者は4万3000人、自分で賭け事を我慢できず、自らカジノ側に「自分を入場させないで」と申告したのが6万4000人、家族申告でカジノ入場を制限されたのが1000人。計11万人近くが依存症として扱われる事態に陥っているのだ。
 「-中略-『ギャンブル調査』を見ると、依存者が1回に使うお金が08年の600ドルから11年は1700ドルに増えている。月収2000ドル以下の貧困層で、月1000ドル以上を賭け事に使う人の割合も増えた。カジノの影響と考えるほかありません」

  • 中略-

 もちろんIR議連も知らんぷりはしていない。入場者全員の身元確認を徹底し、未成年者を排除する▽自国民保護の観点から、日本人はカジノ入場料の支払いを義務づけ、利用に一定の歯止めをかける−−ことで依存者増加は抑えられるとしている。岩屋氏も「-中略-日本は成熟した国家であり、問題をコントロールすることは十分可能と考えます」と強調する。
 だが鳥畑教授は-中略-「対策は、シンガポールでも取られてきたが、効果がなかったのです」と。シンガポール政府は、国民のカジノ利用に100ドルの入場料を課し、国民向けのカジノ宣伝も禁止した。さらに依存傾向のある人物は財政状況を調査して入場回数や滞在時間を制限する措置も取った。「-中略-事態は好転していません」
 アジア最大、35カ所のカジノを抱えるマカオはどうか。マカオ大の研究者が最近まとめた調査報告がある。「雇用拡大など一定の効果はあるが、依存傾向のあるギャンブラーが03年の4・3%から07年は6%と悪化し、犯罪件数も08年は1万4000件と、02年より5000件も増えた。高校中退率も上がり真面目に勉強する若者が減った。この研究者は『カジノは経済効果よりもデメリットの方が大きい』と結論づけました」(鳥畑教授)
 経済効果はどうだろう。04年に米イリノイ大がまとめた報告書によると、1カ所のカジノが1000米ドルの利益を得るたびに、周囲5マイル(約8キロ)圏の商業施設などの収入が142米ドル減少するのだ。「IRはカジノが稼ぎの中心です。だから客寄せのために、カジノ収益を使ってホテルやショッピングモールの価格を安く設定する。当然、カジノ客は割高な地元の商業施設やホテルを使わなくなります」
 -中略-「米国やマカオでもIRができて周辺地域が衰退しました。依存者の問題だけではありません。IRというビジネスモデル自体が、他人の犠牲を前提にした仕組みです。これで国民経済が上向くのでしょうか」。鳥畑教授はそう疑問を投げかけるのだ。
 共産党大門実紀史参院議員が声を荒らげる。「なぜ刑法は賭博を禁じているか。全てはそれに尽きますよ。賭博を認めて良いことは皆無、もたらされる害悪は限りない。推進派はカジノ合法化をいうだけでは格好悪いし説得力がないから、IRという妙な横文字を持ち出した。なぜかって? それでおいしい思いをする人がいるのでしょう」
 バラ色の未来がうたわれるカジノ。美しいバラには必ず鋭いトゲが隠されていることを忘れてはなるまい。