賃貸住宅に宿泊!?  戦略なき特区に疑義アリ 

業界紙トラベルニュースより
(1)賃貸住宅で宿泊利用可能
 東京や大阪、京都市など大都市圏を中心にマンションや一軒家などに旅行者が泊まれるようにする国家戦略特区。今春、政府が突然発表した構想で、外国人の滞在ニーズに対応するため旅館業法を大幅に緩和した。訪日外客2千万人の実現に向け不足することが予想される宿泊供給量を増やすというのが大義名分だ。ところが、その構想の前提に疑義があると指摘する旅館関係者は少なくない。何が問題なのか。京都府大阪府兵庫県の旅館ホテル生活衛生同業組合の理事長、副理事長に聞いた。
(2) 京都・大阪・兵庫の旅館組合で鼎談
 7月下旬、大阪市内に京都府旅館ホテル生活衛生同業組合の北原茂樹理事長、大阪府旅館ホテル生活衛生同業組合の岡本厚理事長、兵庫県旅館ホテル生活衛生同業組合の増田兵右衛門副理事長が集まった。
訪日客2千万人でも供給十分
―特区の何が問題なのですか。
北原
 まずもっての問題点は、戦略特区という特別な地域を指定して旅館業法の適用を除外することです。適用除外にするには、それなりの特別な理由があって国民も利用者も納得するものがなければなりません。政府が仰るのはインバウンド2千万人でオリンピックも控えているから外国人旅行者向けの宿泊供給量が足りないというわけです。どこから出してきた数字なのかわからないけれども、200万人泊ぐらいが不足するという。だから旅館業法の適用を除外してでも、宿泊施設を増やしましょうという発想なんですわ。
岡本
 ざっくりですが2013年の宿泊数が約4億5千万人泊、そのうち外国人は初めて1千万人を突破し実質の宿泊者数は3300万人泊。要するに平均で3・3泊されています。これは全体の宿泊者数からみると7.3%に過ぎません。目標通り2020年に2千万人になったとして、全体の宿泊数は4億8300万人泊、外国人は倍増して6600万泊。これですら13.6%です。外国人が増えるからといって、決して宿が足らなくなるという状況にはならへんのです。
北原
 だから、その供給量不足になるという根拠が非常に曖昧です。
もう一つ、外国人の宿泊を主たる目的にはしているけれども日本人が泊まっても、その違法性を問うことはできない、ということを国が言い出していることです。「国家戦略特別区域外国人滞在施設経営事業『旅館業法の特例』について」って書いてあるにも関わらず、日本人がダメというわけではありませんと言っているんです。
岡本
 そうなってくると我々の事業を圧迫されるところが出てくるかもしれない。正直、外国人の長期滞在は、そもそもそんなにないんです。特区でいう7―10泊という部分では我々とは競合しません。だけど、日本人もOKになれば、例えば新入社員研修で長期滞在するのを受け入れているホテルは打撃を受けます。長期滞在客がマンションに行ってしまう可能性があります。
増田
 つまり旅館業法の特例を含め、アンフェアなんです。本来なら、我々に対して前もって相談があってもよかった。まったく何もないまま法律が先にでき、実はそれを施行する地方自治体の役人が理解できていない状況もある。作ったはいいが中身のない、今まで法治国家であったり、社会環境を自ら崩してしまうことになる。非常にリスクの高い法律であろうと思います。
(3)拙速、不透明に不信感
―特区構想で危惧される問題点をさらにうかがいます。旅館業法の特例についてもう少し教えてください。北原
 厚生労働省はこれまでウィークリーマンションや1週間程度で短期賃貸するものは、宿泊業に限りなく近いグレーゾーンとして指摘してきました。これが適用除外になると、大っぴらにやってもいいということになります。
アンフェアな特例措置
岡本
 平成17年3月29日付けで、厚生労働省は「ウィークリーマンションの取り扱いについて」ということで文書を出しています。寝具やリネン類を提供しない、1週間以上の利用を原則とする、旅館業と紛らわしい内容を標ぼうしないなどの指示を出しています。にもかかわらず厚生労働省は、今回真逆のことをやっているんです。
北原
 現在日本にはものすごい数の空き家とマンションの中に空室がある。これを有効活用できるなどという発想で、内閣府がこういう法律を政令で作られた。しかし、それは旅館業法に基づいて営業許可をきちんと申請してやっていることをまったく意味のないものにしてしまう。
岡本
 我々は旅館業法、消防法、風俗営業法に基づいていろんなコストをかけているんです。特に消防の面では、新しいマル適マークでさらに厳しくなって取りづらくなっています。そんな中でまったく違う、住居の消防法に基づいている。どんだけコストが違うのか。税金も、固定資産税は住居と我々とでは全然違うんです。消費税も事業に使う分に関してはかかりますが、一般住居の家賃には消費税はかからない。それなら、今回の特例ではどうするのか、そんなところもきっちりと論議されていない。
北原
 それなら自由競争の下で、我々も営業許可を取得することなく、自主的に消防法に鑑みてちゃんとした設備を整え、自分たちで点検をしてお客様の安全を確保し、保健衛生上の基準も絶えず我々の手で管理してやったらいいじゃないですか。なんで、突然参入してくる業界の方だけが特典を受けられるのかが一向に理解できない。
 これまでにも、そういった施設はゲストハウスを含め簡易宿所という名前で営業許可を取ってやられているではないですか。京都府下でも簡易宿所の営業許可は年々増えて、今や900軒あるんです。我々、旅館業法の許可を取っている数より多いんです。そこも入れたら、すごい収容能力です。簡易宿所の営業許可を取る要件も、ものすごく簡単になり、1棟貸しの場合はフロントの設置義務もありません。
岡本
 その上、賃貸住宅に宿泊を受け入れて、外国から来た人が本当に利用するんかいなとも思います。我々が海外に行ったときは地元の人との触れ合いなりを求めています。大阪でも西成区簡易宿所には日本人も含めて40万人ぐらい来ています。多いところで40%ほどが外国人ですけど、そういう彼らも果たして味気もないマンションで自炊をして長期に泊まるとは思えない。
(4)外国人のみ対象に限定を
―危惧されることは多そうですね。岡本
 例えば海外の旅行会社が「部屋を全部買います」と言ってマンションの空室を抑える。それを1泊ずつ売って1週間滞在したことにする。そんな場合、誰がチェックできるんですか。もっと言えば、風俗に使われることも容易に想像がつく。
「安心安全な日本」に逆行
北原 一応、7泊以上泊まらず帰ることがないよう厚労省は留意事項としています。最初の契約の時点で7日間の金を払って契約を結ぶというふうにね。1泊だけしてあとの6日間はキャンセルするようなお客さんに対して受け付けられなくする―というようなことがきちっと明記されていなかったらあかん。
岡本
 安全・安心の部分で言うと、1棟空いているマンションなんてまずない。隣に居住している人がどんな印象を受けるのか。
増田
 神戸で300棟以上マンションを持っている会社の常務に、この特区のことを聞くと「ありがたいですわ。空き部屋を活用できますわ」って。空き部屋を活用できることが一人歩きをしてしまい、簡単にそれができると思っていました。
北原
 その背景には不動産業界もいろんなビジネスモデルを考えて、既存のマンションをいかに活用していくかということでしょう。おそらく海外で流行っている「airbnb」「カウチサーフィン」という2大サイトの空き部屋を宿泊提供するというのがモデルになっていると思います。我々旅館にしたって、最近従業員が減ったから従業員寮が空いているし、客室ではともかく、このサイトに提供しようと、やるかもしれへん。
―今後の動きは。
岡本
 特区構想で示された7―10日のいずれかをそれぞれの県や市が条例で決めることになります。条例案を出す以上は通したくなるでしょうね。ただ、保健所関係は嫌がっています。たぶん消防、警察に関してもよう面倒みません、責任を持ちきれませんという話になってくると思う。だから首長が認めるかどうかなんです。
北原
 とにかくもう特区は作る、政令内閣府閣議決定したから、首長がゴタゴタ言うてもアカンとゴリ押しでくるのか、やっぱり地元の了解を得ないといかんという部分のせめぎ合いになると思います。
岡本
 政府に対しては全旅連からもう1回、外国人のみに戻してくれとお願いしてもらおうと思っています。これは可能性がある。
北原
 不動産業界も日本人がダメとなったら話が変わってくる。やっぱり日本人が大手を振ってウィークリーマンションを利用できるようにしたいのやから。
増田
 今まで旅館業と賃貸は棲み分けをしてきました。ところが今の7泊から10泊という部分で議論していくと、安心安全のまちづくりや不法滞在のリスクという話になり、最大10泊までにしますと議論が反対側にくる可能性があります。2泊でも3泊でもOKになりかねない。だから本来的には、この案は廃案にしてもらい、都府県や市も条例づくりに参加しないことにならないとダメです。