憲法審査会 「お試し」には乗れない

社説:毎日新聞 2015年05月08日
 本当の目的は別なところにあるのに、ごまかして国民の抵抗感を薄めようとする手法は、やはり「よこしま」だと言わざるを得ない。
 衆院憲法審査会がきのうから憲法について本格的な議論を始めた。2年後の2017年通常国会憲法改正案を発議したい自民党は、改憲項目として「大災害時の緊急事態条項」「環境権の設定」「財政規律条項」の三つを提起し、優先して議論するよう他党に呼びかけた。
 自民党の狙いは、はっきりしている。戦争放棄と戦力不保持を定めた憲法9条の改正だ。しかし、最初から9条をテーブルに載せるのは難しい。そこで、まず受け入れられやすい項目に絞って改憲の実績を作り、次の段階で「本丸」の9条改正を持ち出そうという迂回(うかい)戦術だ。
 自民党の船田元・憲法改正推進本部長は本紙の取材に「(9条について)世論は二分されており、改正するにはまだ相当議論しなければならない」と答えている。本丸にたどり着くには時間がかかるから、手始めに別の分野でということだろう。
 「お試し改憲」と呼ばれるこの方法は、9条改正という「主目的」のために、他の条文の改正を「手段」として扱う発想に基づいている。最高法規たる憲法に向き合うのにふさわしい厳粛さが感じられない。
 憲法改正案の発議には、衆参両院それぞれで「総議員の3分の2以上の賛成」が必要だ。憲法の安定性を保つために設けられた特別に高いハードルである。
 かつて安倍晋三首相はこのハードルを下げようと憲法96条の改正を提起した。「裏口入学」と言われて撤回したが、「お試し改憲」も9条に近づくための技巧的なアプローチである点で共通している。
 時代にそぐわない憲法の条文があるのなら大いに議論すればいい。自民党が提起した3項目にとどまらず、衆参の役割分担や、国会議員の選出方法、国と地方との関係などには再考すべき論点がある。そのうえで改憲案の発議には与野党の幅広い合意を追求すべきである。
 そもそも安倍首相らが改憲に熱心なのは、現在の憲法が占領期の「押しつけ」だという認識に根ざしている。憲法制定過程への反感をバネに、自主憲法の必要性を説く。
 しかし、保守主義は本来、伝統を重視する考え方だ。人間の考え方が時々の状況で大きく変わることへの戒めが背景にある。施行から68年を経た憲法は、戦後が作った一つの伝統であろう。保守を掲げるのなら現憲法が歩んできた時間の長さに対しても謙虚であってほしい。
 改憲が先にありきの「お試し」に乗るわけにはいかない。