超低速列車「スノータートル」走る 背景に新幹線の存在 新たな道を歩み始めた北越急行

今の日本にはこういう取り組みがもっと必要なんじゃないででしょうか…
乗りものニュースから転載
最初は冗談だった“超低速”
 

新潟県内を走る北越急行ほくほく線で2015年11月7日(土)、“快速”ならぬ“超低速「スノータートル」”が運転されました。
 その名の通り超低速で走る、まるでカメのように鈍足な列車で、通常であれば1時間程度しか要しない犀潟〜六日町間59.5kmをその4倍、4時間4分もかけて走行しました。
 2015年3月から北越急行は、そのほくほく線犀潟〜六日町、59.5km)と前後のJR線を合わせた越後湯沢〜直江津間84.2kmを、わずか57分で結ぶ超快速「スノーラビットの運行を始めました。その表定速度(駅での停車時間を含めた平均速度)は88.6km/hと、特急など別料金を必要とする列車を除き“日本一の速さ”を誇っている列車です。
 そうしたなか、北越急行社内で「ウサギといえばカメだよね」ということから“超快速”の反対、“超低速”について冗談で話していたところ、社長が「やってみよう」と乗り気になって、実現してしまったそうです。ただ当初、「わざわざ長い時間をかけて走る遅い列車に誰が乗るのか」という心配もあったといいます。
 しかしそれは杞憂でした。電話とメールで受付けられた80人の募集は、わずか30分でいっぱいに。6割が新潟県以外からの乗客で、北海道や愛知県からやって来た人もいたそうです。
 この超低速「スノータートル」、ただ遅いだけではありませんでした。逆にその“遅さ”を活かした様々なイベントが、道中で行われています。

ガラスの反射をなくして外が見えやすいよう車内の電気を消し、鍋立山トンネルを見学しながら超低速で走る「スノータートル」
 60m掘って100m戻されるトンネル
 北越急行ほくほく線には鍋立山トンネルという、非常に難工事だったことで知られるトンネルがあります。長さは9130mと現在では特に長いわけではありませんが、「膨張性地山」というトンネル掘削が困難な地質で、60m掘ったところ100m戻されるような状況だったといいます。
 また合わせて掘削中、可燃性ガスや石油も湧出。建設期間は22年、費用は300億円にも達してしまいました。ちなみに、この鍋立山トンネルより長いほくほく線の赤倉トンネル(10472m)は建設費100億円。“困難”が数字へ如実に表れています。
 こうした状況から鍋立山トンネルは、トンネルの断面が鉄道で一般的な馬蹄形だったり、円形だったり、珍しい卵形であったり、その場所の条件に合わせていくつもの形状が使い分けられています。コンクリートの厚さも、状況によって様々です。
 超低速「スノータートル」はその“遅さ”を活かし、この鍋立山トンネルを10km/h以下の低速で走行。使い分けられているトンネルの断面形状、何度も変わる壁面に刻まれた「S60(60cm)」「S75(75cm)」といったコンクリートの厚さを示す表記を、同乗した専門家のガイド付きで楽しめるようにされていました。
 同様に超低速「スノータートル」では“よく見える”ことを活かし、塗り替えが不要な信濃川橋梁についてなど、各所でこうしたガイドを実施。その都度、乗客たちは歓声をあげたりカメラを向けるなど、楽しんでいました。
立山トンネル内の儀明信号場で“ドアを開けて”列車の通過待ち・すれ違い体験
秒速10mの風が吹いた「スノータートル」車内
 北越急行ほくほく線は、線路が1本しかない単線です。よって列車のすれ違いなどを行うため、所々に信号場という線路が2本になった施設があります。北越急行ほくほく線は、この信号場がトンネルの内部にある数少ない路線で、それが“名物”のひとつです。
 またトンネル内部の信号場で停車し、列車が隣を通過していくとき、停車してる列車は大きな風圧を受けます。この“風圧”もまた、ひとつの“北越急行名物”になっています。
 超低速「スノータートル」は急がない列車。そのためトンネル内の信号場で停車し、“名物”の風圧を楽しもうという企画が行われたのですが、通常ではまず体験できない形で実施されています。
 その風圧をより楽しめるよう、列車が通過しない側の乗降用ドアを開けたうえ、さらに列車の前面、後面に設けられているドアもオープン。風が車内を駆け巡るようにされたのです。もちろん危険がないよう、開けられたドア部分には柵が設置されています。/span>
 この状況で、隣を列車が通過したらどうなるでしょうか。超低速「スノータートル」に持ち込まれた風速計によると、およそ秒速10mの風が車内に吹いたそうです。
北越急行ほくほく線ダイヤグラム。赤線が超低速「スノータートル」の“スジ”
 北陸新幹線で生まれた超低速「スノータートル」?
 北越急行が今回、超低速「スノータートル」を運行した背景には、反対にとても速い列車の存在がありました。北陸新幹線です。
 2015年3月13日に、金沢駅まで延伸開業した北陸新幹線。これによって、それまで上越新幹線越後湯沢駅で接続し、北越急行ほくほく線経由で東京と北陸を結ぶ大動脈になっていた在来線特急「はくたか」が廃止されました。
 これにより北越急行は収益が10分の1になり、経営面で非常に大きな打撃を受けましたが、もうひとつ、大きな変化に迫られています。
 北越急行ほくほく線は東京〜北陸間の連絡を目的に建設された路線で、開業後もそれが最大の命題でした。しかし特急「はくたか」が廃止されてその役割、これまでの主たる存在意義がなくなってしまったのです。
 そうしたなか北越急行はいま、“地域の鉄道”として新たな出発を始めており、それが超低速「スノータートル」が走った理由です。
 「イベント列車を運行しても、収益は上がりません。こうした企画を行うことで多くの人にこの地域へ興味を持ってもらい、訪れてもらい、地域全体を活性化をするのが運行の目的です。鉄道会社は地域と共にあります」(北越急行、磯部さん)
 地域を活性化することにこそ、地域と共にある鉄道会社、その未来があるわけです。
 北陸新幹線によって大きな変化を迫られた北越急行。新幹線や特急のような派手さはなくとも、盛況で終わった超低速「スノータートル」のように着実に、その新しい道を歩み始めているようです。