内部留保を労働者と社会に還元し、内需の拡大を! その6

 労働問題総合研究所は11月18日、「経済危機打開のための緊急提言」を発表しました。数回に分けて転載致します。

4 まとめ――一刻の猶予も許されない、待ったなしの課題
(1) 我々は、内部留保の蓄積自体を“悪”と言っているのではない。また、蓄積された内部留保を直ちに全て取り崩せと言っているのでもない1998年度以降の内部留保急増は異常であり、妥当性を欠き、国内経済の需給バランスを崩しており、それが、今回不況を他の国以上に深刻なものにしているのだから、極力、その改善に努め、また、これまでの経営を改めて、利益を労働者と社会に的確に還元・配分し、内需の拡大を図るべきであると主張しているのである。
(2) 現実に崩れてしまっている国内需給のバランスを回復するには、急増した内部留保に見合った内需の拡大が必要であり、当面、以下の事項程度は、直ちに実施すべきである。
 最低賃金を時給1000円に引き上げ
正規雇用正規雇用に代えることは、労働者に健康で文化的な最低限の生活を保障することである。また、
サービス残業の禁止、週休2日制の完全実施、年次有給休暇の完全取得は、先進国の常識であり、当然、既に実現されていなければならない事項である。これらを実施しても、
必要資金は26.5兆円であり、
1998〜2008年度の内部留保増分218.7兆円の12.1%にすぎない。
 次に、労働者の賃金を、少なくとも1998年度時点に戻すべきである。ボーナスを年間5か月分として、労働者1人あたり、
1月3万5151円の賃上げが必要であり、
そのための資金は、33.0兆円、内部留保増分の15.1%である。
(3) 今回の試算は、もし、我々が提案したような経営が行われていれば、景気だけではなく国の財政も、現在のように深刻な状況にはならなかったことを、実証的に示したものである。
 試算で示した、国内需要263.0兆円の拡大効果は、今回の分析で使用した経済産業省の「平成18年(2006年)延長産業連関表」をベースに計算すると、国内需要総額505.7兆円の、52.0%に相当する。
 それによって誘発される付加価値(≒GDP)238.8兆円は、同産業連関表の付加価値505.2兆円の47.3%に相当する。
これを1年あたりに直すと23.9兆円になり、
1998年のGDPは504.9兆円だから、毎年約3.7%の経済成長率が上積みされることになる
 税収は、国、地方合わせて42.4兆円の増収であるが、これに、「税・寄付など社会還元の経済効果」で説明した法人税増税分3.5兆円を加えると45.9兆円になり、
2009年度補正予算の公債発行額44.1兆円を全額賄ってもおつりが来る。
(4) ただし、今回の試算で仮定した5項目を今後も継続するとすれば、
生産コストの増大による一定の物価上昇は避けられない。その率は、毎年2%程度と予想される。
 その分賃金が上昇すれば労働者の生活に影響はないが、経団連・財界は、それをもって「国際競争力の低下」を主張するかもしれない。しかし、現在の最も一般的な経済学の教科書によれば、
A国とB国の物価上昇率の差は、為替レートによって調整されるのであり、国全体としてみれば、競争力は変らない。ただ、平均以上に価格が上昇した品目は輸出が困難になり、輸入品に取って代わられる一方、平均より価格上昇率が小さかった品目は、それまでより輸出が容易になる。
(5) また、「大企業はとにかく中小企業は無理」との主張が予想されるが、内部留保を溜め込んだのは大企業であり、1998年度〜2008年度の増加分の69.3%は、1億円以上の企業に滞留している。中小企業の経営が苦しいのは、大企業の買い叩き、無慈悲なプライス・ダウン要求を受け、経営者自身、生活できる収入を確保できていないからであり、労働者と力を合わせて、大企業に経営の転換を迫るべきである。 
 また、「内部留保は過去の利益の蓄積であり、設備等に変っているから取り崩すことは出来ない」という主張がある。しかし、ここでは“適正な内部留保の水準”という考え方を示し、対象を1998年度以後急増した内部留保に限定し、しかも、「それを直ちに全部取り崩せ」とは言っていない。決して不可能ではないはずであるである。
 なお、「法人企業統計」によって企業の保有資産を見ると、2008年度末の時点で、現金・預金だけで143.1兆円もあり、公社債や利殖目的の有価証券、ゴルフ会員権なども抱えている。
(6) 最近の大企業は、本業より利益の“運用”に力を注いでいるように見える。その一部が、証券会社等を通じてアメリカの投資会社やヘッジ・ファンドに流れているとしたら、日本経済を困難に陥れている円高原油価格上昇の原因を、自ら作っていることになる
(7) 企業とは、(1)生産を拡大し、(2)利益を上げて、(3)雇用者を増やし、(4)労働者には十分な賃金を、株主には十分な配当を支払って一国経済の基礎単位である家計を維持・拡大し、さらに、(5)税金を支払って国家財政を支え、(6)地域・社会等にも利益を還元するという、社会的責任を持った存在である。
 ソニーの会長だった故・盛田昭夫は、「競争」と「効率」に走る「日本的経営」のあり方を批判し、少ない従業員への配分、低い株主配当、一方的下請単価切り下げなど取り引き先にたいする横暴、地域社会や環境への配慮の欠如などの問題点を指摘し、その変革の重要性を強調した。そして、「日本企業の経営理念の根本的な変革は、一部の企業のみの対応で解決される問題ではなく、日本の経済・社会のシステム全体を変えていくことによって、初めてその実現が可能になる」(『文藝春秋』1992年2月号「『日本型経営』が危ない」)と述べた。
 私たちは、今が「競争」と「効率」に走り、労働者や中小企業にすべての犠牲を押しつける「日本型経営」の「根本的変革」にのりだす時期であり、企業がみずからの社会的責任を果たす「経済・社会のシステム」をつくりあげることがとりわけ重要になっていると考える。景気が悪いからと言って先延ばしは許されない。景気が悪いからこそ、速やかに実行すべきである。(8) 労働組合は、組合員の生活向上が第1の目的であるが、生産活動によって生み出された価値を適正に配分させ、内需に転化して拡大再生産につなげる社会的任務を持っている。さらに、現在の情勢の下では、自らが所属する企業の派遣切りや下請けいじめ、生産コストに見合わない安売りや安易な海外移転などを監視することが重要となっている。今春闘が、そのたたかいの第1歩となることを期待したい。