アルジェリアからその1

アルジェリア在住の友人竹本元一氏(労協 国際ツーリストビューロー組合員)からアルジェの現状や彼の思いを伝えるメールが届きました。本人の了解を得て2回に分けて掲載致します。   


お元気ですか? 3月末にまた休暇を取ります。そちらに立ち寄るかもしれません。
こちらアルジェリア東西高速道路の建設現場は工期延長はできたもののまだまだ難儀しております。COJAAL(アルジェリア高速道路日本コンソーシャム)を構成する鹿島・大成・西松・間のゼネコン4社の経営、施主側アルジェリア公共事業省(日本では国土交通省に当たる)内部の人事交替、エジプト対アルジェリアのサッカー試合後の両国の国交断絶によりカイロ大学出身のエジプト人日本語通訳が全員帰された後の通訳不足、等々いろいろ問題がありますが、冷静に見守っております。
休暇の日程が決まり次第連絡いたします。



アラビア諸国との交流
 1980年代の個人的なシリア・ダマスカス滞在やヨルダン、イエメン、エジプトへの旅、仕事としてのチュニジア川崎重工セメント工場建設での通訳業務、1990年代のモロッコ観光周遊ツアーの添乗業務、そして2005年から(株)富士アトラス国際交流センター社の管理職者としてのサウジアラビア滞在とオマーン, アラブ首長国連邦、バハレーン訪問などを経験し、現在私は2007年後半よりアラビア22カ国のうちのひとつアルジェリアで大統領発令による鹿島、大成、間、西松の4建設会社のジョイントベンチャーの東西高速道路建設の通訳業務に携わっております。

 アルジェリアと我が国日本
 私の小学校時代はアメリカからの脱脂粉乳が給食で出されておりました。アメリカのおかげで成長した事実には恩義を感じてはおります。また、我が国が民主主義国家に成長したのもアメリカとの親密日米安保政策を60数年続けていた自民党政権によるものです。
 しかし、ここまでには原爆の被災やアメリカ軍の空襲による多くの犠牲を払ってきました。偏った我が国のメディアにより世の中は親米平和ボケ諷長にマヒしております。なぜか毎朝の民放テレビ局のニュースでは日本人の野球選手がアメリカで何本ヒットを打ったとか何億円で契約をとったとか、どうでもいいような報道にニュース番組時間の4分の1ぐらいをさいておりますが、終戦60年以上たっていてもアメリカに対するコンプレックスは消すことができないのでしょうか? 早く文化的にも独立をしたいものです。

 1830年代、アルジェリアは、ナポレオン失脚後、革命で首をはねられたルイ16世の弟シャルル10世の王政復古政権下のフランスにより、植民地化されました。反フランスのリーダーとして立ち上がったアブドルカーデルは初めて全アルジェリアの部族を統一してフランスに立ち向かいましたが、捕えられ、当時牢獄であったアンボワーズの城に幽閉されてしまう。以後は1962年の独立までこの地はフランスの海外県の一つとしてフランス語が公用語として教育され、いろいろな文化・社会システムがフランスのおかげでフランス本土からもたらされ近代化したのです。
 近代から現代までアルジェリアが払った犠牲というのはおびただしいものですアルジェリア出身者は近代ではズワーブ兵としてフランスのために戦い、現代でも第2次大戦、インドシナ戦争ベトナム戦争などでもっともフランスのために多くの血を流したのがブルターニュ出身兵とアルジェリア出身兵。
 さらにフランスはアルジェリア出身者に対し、第2次大戦に出兵すれアルジェリアの独立を認めると約束したが、その約束を破るばかりか、1945年5月8日ドイツでナチスが崩壊した日、フランス軍アルジェリアのセティフで大虐殺を行いました。落下傘部隊が村人たちを穴を掘らせて生き埋めにする、妊婦の腹の中身を見るためナイフでかっさばく等、45000人が虐殺されました。
 1954年からアルジェリアの独立をめざすジグードユーセフやディドゥシュムラド等22名が解放評議会を結束したが、その間にフランスが行った拷問、ギロチンにかけた人数はおびただしいものでした。1960年からは核兵器が人体に及ぼす実証のため核爆発現場にアルジェリア人の村人を縛りつけるなどの人体実験を数回行っています。
1962年フランス本土パリではアルジェリア人のデモ隊に国家警察部隊が多くの死者を出す弾圧を行い、当時の警視総監に対する裁判はまだフランス国内で続いています。
 その内政問題で失脚したシャルル・ドゴール大統領の時代1962年にアルジェリアはフランスの県のひとつから国家としての独立を勝ち得たのでした。首都アルジェにある軍事博物館を訪れましょう。アルジェリアがフランスから受けた傷の痛さがひしひしと伝わってくることでしょう。尚、フランスの海外県のアルジェリアと違い、フランスの保護領であったチュニジアとモロッコは1956年に独立しました。
 原爆の被爆と空襲で多大な犠牲を受けた後、朝鮮戦争ベトナム戦争アメリカへ兵器を売るなどで大儲けし、経済的に、また文化的にも飛躍をした我が国日本。 フランスのために多くの血を流し、それでもフランスのおかげで近代化、社会構造的、文化的な進歩をしたアルジェリア。列強のアメリカとフランスのおかげではあるものの深い傷を持つという共通点のある日本とアルジェリアです。