問われる民主主義国家ニッポン

−3・11二周年に思う−
メディアが総力を挙げて被災地中継・取材を競っている。2年前と変わらない映像、写真が私たちの目前にある。様々な被災地の怒りの声が聞こえてくる。被災地の市長は被災者に寄り添う姿勢が国に無いと批判を口にする。景観をぶちこわす高い防潮堤の計画の進展を地元民が何故こんなことに…と怒る。放射能の危険があるから家族別居を強いられる幼児を抱える母親。帰村したくても病院がないから避難を続けざるを得ないお年寄り。事業を再開したくてもインフラの回復メドの情報がまったくないと嘆く事業者。
 いったいこの2年間、国は何をしてきたのだろうか。東電は何をしてきたのだろうか。
阪神淡路に比べても遅れていると言わざるをえない復興の現状を行政の怠慢とだけで片づけられない。怠慢でなく、震災を奇禍として被災地復興の名を騙って農漁業、商業、中小企業、行政のあり方を、中央権力、財界の思うままのかたちに変えるという意図が働いているのだろう。
でなければ、なぜ医療・介護費負担軽減を打ち切るのか! なぜ仮設住宅の期限を1年ごとの延長とされるのか! なぜ施策に期限を設けるのか! なぜ住宅、商店、工場、医療機関の復旧を支援しないのを原則とするのか!
地震津波だけでなく、原発の過酷事故という人災によって、被災者のいのちと健康、暮らしが危機的な状況にある時、自然災害多発国で民主主義国家を標榜する以上、国は何をさておいても、被災者の立場にたって、生活と生業の再建に全力をあげるべきであろう。
とりわけ原発災害については、廃炉に向かう道筋すら2年経っても見えて来ず困難な課題が大きくなるばかりの事態は、どう見ても人類に原子力制御の力がないことを証明している。原発は即時廃棄を決め、世界も含めあらゆる英知を結集して廃炉の道筋をつくりあげなければならない。
今の事態の下でどうして「収束宣言」が生きてるのか! どうして「安全基準」が満たされたら原発再稼働できるのか! 現実に重大事故が起きて制御不能に陥っているのにどうして海外輸出できるのか! 原発依存、自然エネルギー軽視は日本が突出している。
メディアの伝える被災地でのアンケート結果では、被災地外の国民にとって大震災は風化したのではと感じる人々が過半を超えている。私たちも長引く不況、デフレ、雇用・医療不安に加え消費増税やTPPが追い打ちをかけ大変な困難な生活を強いられている。大震災から2年を経た今、改めて被災地の復興への取組と私たち自身の生活防衛のたたかいを結びつけ連帯することが求められている。わたしたちも、被災者の危惧する大震災の風化をさせないために、被災者支援、復興支援の活動をこれまで以上にすすめていきたい。