「規制緩和」が“たび”にもたらしたもの

9月17日に行われた「交通の安全シンポ」での旅行業からの発言全文を2回に分けて掲載します。シンポジウムは、労協 国際ツーリストビューローJAL争議支援兵庫連絡会の主催で、安部誠治関西大学教授が講演、主催の二者と国鉄労働組合、建設交運一般労働組合がパネラー発言しました。約100名が参加しました。
   規制緩和」が“たび”にもたらしたもの
1.はじめに

 1995年、阪神淡路大震災の年の7月、「今後の観光政策の基本的な方向について」という観光政策審議会の答申がありました。
 内容は、「旅は人間の本源的な要求であり、すべての人の権利」とし、「観光を私たちの生活、健康、発達に必要なもの」と論じる全体として格調高いものでした。
同時に、答申は70年代後半からはじまる経済のソフト化を踏まえて、観光を「21世紀のリーディング産業」として持ち上げました。そして、国内旅行が相対的に高いとし、航空運賃の季節波動を奨励するなど、規制緩和による競争政策の導入を求めました。この答申が観光分野での本格的な規制緩和のきっかけとなりました。
2. 規制緩和は、国民には大きな不利益をもたらしました。
 旅に使うお金、宿泊旅行の総消費額が、94年比で78%にまで減少、また旅の安全・安心の後退も顕著ですが、ここでは、いわゆる「格安価値観」あるいは「格安神話」といわれるものについて考えてみたいと思います。
 私たちは、かつては「安かろう 悪かろう はダメ」とか「安くていいものを」と言ってきました。それは「いいものをより安く」との声として企業努力にもつながったでしょう。

 いまは、大企業などがTVやネット上で常軌を逸した「価格戦争」を繰り広げ「格安価値観」を蔓延させています。「安けりゃいい」、さらに「安いから仕方ない」という意識を押し付けています。
 この価格戦争は、中小企業にとっては企業努力の域を超え、とても参入できるものではありませんが、その影響は営業や経営にモロに響き、仕事への誇りが揺らいだり、退場すらも余儀なくされています。
 しかし、「安いから仕方ないか…」など「諦めのような思い」が強まると、「モノをみる目」、商品リテラシーにも影響を及ぼし、文化の後退や退廃にもつながりかねません。
安全・安心・信頼という絶対不可侵のゾーンにまで踏み込みこまれ、さらには生存権さえも蹂躙する貧困ビジネスまで出てきました。もはや、それは商品経済社会という今の社会の土台の崩壊の始まりというべきでしょう。
 その一方で、競争不在の独占物価や最近では消費増税、円安などによる物価高が勢いづき、格安価値観の蔓延と政策的な物価高騰が同時進行していることをみておかねばなりません。
 まさに「格安価値観の蔓延」は、政官財による国民大収奪戦略ということではないでしょうか。
3.幾つかの分野の規制緩和の具体的なあらわれについてみてみます。
 ★90年代後半から2000年半ばにかけて相次いで生まれたスカイマークなど多くの中小航空会社は、JALANA大手二社の恣意的、妨害的な運賃操作で自立・拡大を阻まれ、今ではスカイマーク以外は、ほぼ大手二社に系列化されました。
 また、台頭著しいとされるLCC各社もJALANAなどへの系列化がすすみ、再び空の世界は二社の寡占体制に戻ろうとしています。
 ★国交省は今年4月1日に、安全のためとして、貸切バスの運賃制度を改訂しました。しかし、バス事業者や旅行業者への通知は4月中旬になってから。おざなりの説明、質問には問答無用に近い「回答」、消費者に周知すらしません。運転手の労働条件改善を担保する制度的保障もない、「公示運賃」の抜け駆け監視の体制も事実上ない。これでは運賃引き上げは何らの安全担保になりません。
 時間・距離の併用運賃ということで、回送の時間と距離、さらに出庫前、入庫後の点検時間まで運賃として利用者が負担します。これが合理的でしょうか。
 これでは、利用する側は、車庫が近いバス会社を使います。そうなると郊外に車庫を置く中小のバス会社には仕事が回ってきません。また、実勢運賃から確実に大幅値上げとなる新運賃は、貸切バス利用を遠ざけることにもなり兼ねません。
 ★旅館・ホテルの業界では… 経営不振に陥った施設を不動産資本やファンドが買い叩き、ネットで超 格安チェーン展開をしています。こうした動きに反社会勢力も触手を伸ばしていると業界では取沙汰され、各地でトラブルも起きています。
 また、「高級旅館」などが修学旅行や訪日客を低価格で受入れていることもあり、中小旅館の苦境、資本交代、廃業が相次いでもいます。
 こうしたことが、日本の旅文化である温泉旅館や温泉街の風情を変え、おもてなしなど人的サービスや安全・衛生面の後退という事態を拡げることになりかねません。
 今年4月に国が打ち出した「国家戦略特区」は、マンションなど空き家の賃貸住宅に旅館業法の適用を除外して、外国人も日本人も客として宿泊できるようにするというものです。住宅地に不特定多数の外来客の出入りが常態化することで、地域住民の不安はもちろん、旅館業法や消防法などの規制のもとで営業する旅館業界に不公平な事態を引き起こすことになるでしょう。
 ★旅行業はどうでしょうか。旅行業者の総取扱額は2001年比で69%にまで減少し、競争は激化の一途ですが、その競争はプロの企画力を競うのでなく、価格が受注の決め手になるケースが増えています。顔の見える営業を展開している多くの中小旅行業は、ニーズに応えた企画力の勝負で仕事の矜持を維持するか、流れに乗って価格競争に陥るか、いずれにしても厳しい岐路に立たされています。
 JRや航空会社の営業戦略が団体から個人客へシフトし、団体送客での仕入上のメリットがカットされつつあるのも、団体客中心の多くの中小にとっては営業努力、経営努力を超えるものになっています。
 このように、利用者のために「多様な選択肢の提供」や「安い価格で」とされた「規制緩和」、競争促進策は、安全・安心や質の低下をはじめ、必ずしも望ましい経過、結果をもたらしてはいません。(続く)